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官能の暗殺者3(前半)

作者:5代目スレ920氏
備考1:女暗殺者×政治家
備考2:


 がたん、と馬車が揺れた拍子に目が覚めた。小窓から差し込む光の弱さを見る限り、も
う夕方も遅いだろうと推測できる。
 どのくらい寝ていたのかはわからない。国境検問所の少年をいたぶってこの馬車に乗っ
たのも夕方に近かった。となると余り時間は経っていないのだろう。
 あふ、と小さな欠伸を漏らしながら手鏡で自分の姿をチェックする。寝返りなどで化粧
や着衣の乱れがないかを確かめた。
「お目覚めですか、ラセリア様」
 馬車の御者が小窓から声をかけてきた。
「ええ、いい休みが取れたわ。ありがとう」
「それは何よりです。間もなくネーディア市に入りますので、そろそろ声をかけねば、と
思っていたところです。急いで通過する場所がございますので」
 御者の男の年齢は30ほどか。物腰の穏やかな召使いという風情ではあるが、目立たな
いながらも上質な服に身を包むのを見ると、それなりに稼ぎはあると思われる。シュベル
ン家に代々仕えている家系と言ったところだろうか。
 備え付けの簡素なティーセットを小机に並べ、紅茶を注ぎながら私は問い返した。
「急いで通過する場所?」
「はい。この道はネーディア市の中でも……まあ、申し上げにくいのですが、治安の乱れ
た地区に繋がっております。端的に言えば貧民街でして。故にこそ馬を速く走らせようと
思っておりまして」
 暗殺依頼の話がここで繋がった。
 依頼人曰く「有力政治家の彼が企業舎弟の不正を告発し、その後の利権漁りのためにシ
マを脅かそうとしている」――恐らくは、その貧民街の開発を巡る話なのだろう。
 この道は確かにネーディア市のスラム地区へと繋がっている。ネズミの道を使うように
指定された時点でスラムを通らねばならない。そのように指示された理由も、その開発と
関係があるのだろうか。
 ガラガラと車輪の音が大きくなる。馬の速度が上がったのだ。
 それでも小机のカップに注がれた紅茶はこぼれない。馬車の揺れもそれほど激しくなら
ない。けれども小窓から覗ける風景は、かなりの速度で後方へと飛び退っていく。
「……お見事、ね」
 この御者、馬車を操る技術はかなり高い。有力な貴族に雇われた運転士だけはあった。


 外に広がるスラムを小窓から眺めた。なるほど、確かにひどいものだ。
 建物らしい建物は散見される程度。屋根に穴の開いた廃屋や壊れかけの小屋、バラック
などが遠方にまで並び、日焼けした貧民が破れた服を身につけ、しかも引きずって歩いて
いた。土埃に塗れた姿は決して清潔とは言えないし、最早男か女かの区別もつかぬほどに
髪も伸び放題で、体格も貧相に痩せさらばえていた。
 道端には打ち捨てられたクズ鉄やゴミ、廃棄物が山を築き、年端も行かぬ子供がそこに
這い上がってこちらをじっと見ていた。馬車に乗って道を走り抜ける私たちなど、ここで
は招かれざる客なのだろう。
 確かにこの状況はひどい。私の知るネーディア市の平均的な住宅街と比較しても格差が
余りに激しい。しかしそれが故に政治家が目をつけるのもわかる気がした。
 この地区はその分だけ開発の余地が残されている。ここに公金を投入して居住設備・労
働環境を向上させれば、地区住民を票田として抱え込むことができよう。
 それに対し、この貧民層だからこそ需要の生まれる仕事がある。スラムの数少ない権益
であろう。開発によってその利権が脅かされるとなれば、スラム住人の反発を招く。それ
が私への暗殺依頼という形になったのだろう。

 スラム街を駆け抜け、馬車はネーディア市の中心街へと入る。滑るように街中を駆け抜
け、官庁街のすぐ近くにある高層ホテルの前で馬車は停止した。
「ラセリア様、大変お待たせいたしました。キングダムホテルでございます」
 大層なところに連れてこられたものだ。ネーディア市のキングダムホテルといったら、
100年を超える歴史を持つ屈指の高級ホテルである。
 現在でもその名が意味する格式は高い。国境に近い街でもあるため、国際会議や条約の
調印式なども行われるが、「ネーディアで開催」と言った場合、会場は必ずキングダムホ
テルを意味する。すなわちここは国家元首の宿泊するホテルなのである。
「ではラセリア様、わたしはここで失礼いたします。明日またお迎えに参りますので」
 御者の男は馬から降り、私の前で丁重に頭を下げた。彼にチップの紙幣数枚を渡したと
ころで尋ねてみた。
 迎えに来てくれるのはいいが、彼の主人は今夜ここで死ぬのだ。主人が死んだ日に私と
会っていたことが漏れるのは不都合だ。
「私の送り迎えについては、ガイヤー様の他に知っている人はいるの?」
「いえ、おりません。この度の送迎は密命ですので」
 安心した。まあ、ガイヤーも娼婦を買うなんて人には言えまい。妻子ある立場では隠そ
うとするのも当然だろう。となると、この男は口の堅さを買われたのか。
「ありがとう。それじゃあ、また明日に会いましょう」
 私は御者に礼を言い、キングダムホテルの中へと入っていった。


 ガイヤーに渡された手紙の中に入っていた招待状をロビーに提出。見事に決まったタキ
シードに身を包んだスタッフがこれまた恭しく受け取ると、中身を確認してすぐに電話を
かけた。ガイヤーが宿泊している部屋に連絡しているのだろう。
 何事かを話して電話を切った後、そのホテルマンは私へ向き直った。
「ラセリア様、お待たせいたしました。ガイヤー様のお部屋へご案内いたします」
 ガイヤーはどうやらホテルマンに私を連れてくるよう頼んだようだ。本来ならば本人が
出迎えに来るのが筋であろうに――とも思うが、まあ、私も一介の娼婦だ。大したことで
はあるまいが、男を立てておこう。
 共にエレベーターに乗る。彼が押したのは16階のボタンだ。どうやらガイヤーは随分
と私を誘うのに力を入れているようだ。
 キングダムホテルの16階といえばプレジデンシャル・スイートルームだ。その名の通
り、国家元首など貴賓の宿泊する最高級の部屋である。
 案内されるままエレベーターを降り、とある部屋の前まで案内される。ホテルマンがイ
ンターフォンを鳴らす。程なくして「はい」と聞こえた。
「大変お待たせいたしました。ガイヤー・シュベルン様。ご招待のラセリア様をお連れい
たしました」
「ああ、今すぐ開けるよ」
 機器を通した独特の、くぐもったような声がした。数秒と経たずに部屋のロック解除音、
そしてドアが開き、中から正装した男が現れた。
 年齢は40代中盤と聞いているが、以前にパーティで挨拶を交わした時と同様、その容
姿の若々しさには驚かされる。
 身長は私とほぼ同等で、スタイルも悪くはない。ウエスト周りに中年太りなどは微塵も
感じられず、健康的に引き締まった肉体は額面通りの年齢をまず感じさせない。肌も精悍
さに満ちた艶があり、名門貴族・政治家一門の後継ぎが保障されているからといって、自
堕落で放漫な生活をしているわけではないようだ。
 今、このプレジデンシャル・スイートの入り口で披露している高級ブランドのスーツも
見事に決まっている。選挙ではこの外見だけで女性票の数パーセントは稼げそうだ。
「お久しぶりです、ガイヤー様」
 微笑みながら頭を下げる。彼も私の前で頭を下げるのが気配でわかった。姿勢を正して
顔を合わせたとき、ここまで案内してくれたホテルマンが話しかけてきた。
「それでは、わたくしはここで失礼いたします。専任のスタッフが控えておりますので、
ご用命の時は室内電話でお申し付けください」
 いいタイミングだった。世界のどこに出しても通じそうな礼を残し、ホテルマンは踵を
返して去っていった。
 ようやく私とガイヤーだけの空間が完成する。社交辞令に握手を交わし、彼に促される
まま、私はその豪華な部屋へと入っていった。


 既に夕闇の迫る時刻となっていた。最上階のプレジデンシャル・スイートは壁面の半分
が硬質ガラスの窓となっており、ネーディア市をそこから一望できる。オレンジから青、
紺、そして黒へと続く空のグラデーションが実に美しい。
「改めて……久しぶりですね、ラセリア君」
 強い意志を感じる声は相変わらずだった。彼に限らず、地位のある政治家のプライベー
トは傲然とも言える態度と自信に溢れている。選挙の時以外は他人に頭を下げる必要のな
い政治家とはこういうものなのだろう。
「ええ、お久しぶりです。初めてお会いした時から、ガイヤー様は気になるお方でした。
ですので、この度のお誘いは嬉しかったです」
 微笑みながら都合のいい返事を述べる。この程度で顔色を変える男ではあるまい。
「ありがとう。それならば誘った甲斐があるというもの。ですがその前に」
 淀みなく言いながら、彼はまた頭を下げた。
「今回はわざわざ遠回りの国境線から回っていただきました。まずはそのことを詫びなけ
ればなりませんね。本来ならば平地沿いにこの街に入るところだと思いますが……ご面倒
をおかけしました」
「いえ、そのような……私は気にしておりません」
 むしろあの少年と出会えたのだから感謝したいくらいだけど、と心の中でちょっとした
苦笑を浮かべる。
「少々硬い話だが、ラセリア君に意見が聞けたらと思いましてね。ここに来るまでに貧民
街を見たでしょう?」
 ガイヤーは背を向けながら、その大きな窓のそばにあるチェアに腰を下ろした。彼の手
招きに応じ、私もそのすぐ向かい側の席へと座る。窓の外を眺めるガイヤーの顔は、これ
から娼婦を口説こうというはずなのに、政治家の色彩を帯びていた。
「私の意見ですか?」
「ええ。あなたは頭脳も明晰な方だと聞いていますのでね。僕はあの地区の再開発計画を
立てています。あのスラム街の生活水準向上を目的にね」
 それは理解している。だからあなたは狙われるのだ。
「いいのですか、私に話してしまって。どこから情報が漏れるかわかりませんよ? まし
てや私はこの国の者ではありません。更に私の言葉を政治に反映させようものなら、名門
貴族の政治家が女に操られた――などという風評が立ちますわよ?」
 高級娼婦には上流階級と渡り合うだけの気品と知性も求められる。ここが並の娼婦との
一番の違いだ。一般市民よりは高く、貴族や政治家よりは低い立場にある私たちが、彼ら
との交流の中で様々な話を聞くこともある。中にはこうして意見を求めてくる者もいるの
である。
 ……本当は危険だと思うのだが。優秀な教養を身につけた高級娼婦や貴族の女が、並の
政治家より有能な場合だってあり得るのだ。
 豊かな知性と美貌の女性に入れ込んでしまい、彼女らの望むがままに政治を動かし、国
を破滅に導いた話であるとか、いわゆる「傾城の美女」とかは、そんな過程から生まれる
と思うのだけど。
 だがガイヤーはそこで笑ってみせた。
「はっはっはっ、なかなか怖いことを。ですが、まあ、話を聞くだけならば問題はないで
しょう。それを議会に反映させるかどうかはまた別の問題です」
 私もそこでにっこりと笑う。お互いに目だけは笑っていない。「お互いの知性や教養、
資質を見定めましょう」――という宣言でもあるのだから。
「では、お聞かせ願いますか。あの地区のことを」
 私が乗ってきたことを知り、ガイヤーは安堵した顔で話し始めた。



 彼の話をまとめると、こうだ。
 あの貧民街は、歴史的に差別されてきたアシミラ族の居住区になっていた。
 人種的には通常のネーディア市民と何も変わらないため、外見では区別できない。
 歴史の潮流の中でアシミラ族は文化的にもネーディア市民と同化してしまっている。
 人口の流入出で混住が進み、今では混血・アシミラ族・ネーディア市民の差はほぼなく
なってしまっている。
 しかし差別されてきた歴史の経緯から社会的に低い地位に置かれ、現在でも経済的な格
差が大きいままである。
 現在の劣悪な生活環境を改善するため、公金を投入して区画整備・都市計画を推進し、
教育・経済面で優遇する政策を練っている。

「一見しただけでもその惨状は理解できたと思うが、現状は余りにひどい。バラック内の
部屋とも呼べないような狭い部屋に一家五人が寝泊まりし、しかも食事は一日一食だけ。
生活保護のために戸籍上は離婚していたり、年端も行かぬ子供が口減らしとして人身売買
に出されることも珍しくない……政治が動かなければならないと考えている」
「なるほど……」
 私は神妙な顔でうなずいてみせた。
「以上が再開発計画の簡単な概要です」
 状況が呑み込めた私は直感的に思った――これは金になりそうだ、と。
「いい計画だと思います。反対する人もいないのではないでしょうか。あの地を差別から
救ったとなれば、ガイヤー様は"差別解消の闘士"という称号を手に入れられましょう。
 直接的な利益も大きいですね。あの地の住民を票田として抱え込めたら……、今後もガ
イヤー様の議席は安泰でしょう」
 褒められて悪い気のする男はいない。目の前の政治家は満更でもなさそうな笑みを浮か
べた。
「敢えて私から意見を申し上げますならば、あのアシミラ地区住民に差別解消を目的とし
た団体を設立させ、政財界の皆様方との窓口にしてはいかがでしょうか。民意を吸い上げ
る際にも便利だと思われますが」
「なるほど、それはいい。政治・行政が主導するより、地区住民の声を反映する形であれ
ばより民主的だ。その方向で動いてみよう。経済対策も税の減免やアシミラ地区住民によ
る起業の推進、地区住民を雇用する企業にも優遇対策は可能だろう」
 ガイヤーは上機嫌で施策のアイディアを口にしていく。彼の若々しい容姿も相俟って、
こういうときはまるで宝物を見つけた子供のようにも見える。
 そんな姿を微笑ましく見守りながら、私はガイヤーの崇高な理想とはまったく逆方向の
計画を思い描き、心の中でほくそ笑んでいた。これは金になる。
「そうだ、ラセリア君。今日はこのホテルのホールで演劇が開かれることになっている。
もうそろそろ開演だ。一緒に見に行ってはくれないか?」
 思惑も知らず、ガイヤーは私を口説きにかかるつもりのようだ。
 それこそ望むところ。儲け話のアイディアを分けてくれた例もせねばなるまい。
 私は最高の笑顔を作り、「はい」とうなずいた。


 演劇はなかなか面白かった。対立する2国がリンゴの皮の剥き方を巡って戦争を始める
――という風刺演劇だった。
 観劇後、ホールにまだざわめきが残る中、ガイヤーが苦笑しながら声をかけてきた。
「社会風刺にしては皮肉が利き過ぎていたが、なかなか面白かったね。政治家という立場
でなければ、もっと楽しめたのかもしれないが……」
 軽口を混ぜながらガイヤーの感想に適当な相槌を打っておいた。
「うふふふ、そうかもしれません。となれば私の方が楽しめたことになりましょうか?」
「ラセリア君、そろそろ食事の時間だからレストランに行きましょう。窓際のいい席が取
れてね、眺めも……」
「ガイヤー様」
 私は彼の言葉を制し、静かな声で囁いた。
「私、今夜はあなた様に抱かれるために参りましたの……」
 媚を含んだ艶を台詞にまとわせ、耳元で甘い声を漏らす。
「今からのお食事では、精のつく物をたくさんお摂りになって……」
 驚きとともに期待を顔に満たしたガイヤーの顔を正面から見据え、私はくすり、と妖艶
な笑みを浮かべるのだった。
「今宵は果て尽きるまで愛し合いましょう……ね?」
 そう――文字通りに果て尽きるまで、ね。

 扉の向こうから水の流れる音が聞こえる。ガイヤーも上機嫌でシャワーを浴びているだ
ろう。もしかしたら1回くらい抜いているかもね。
 私は先に体を清めて頭髪も乾かし終えた。甘い香りの香水も薄く吹きつけた。身体を重
ねる準備はもうできている。
 豪奢だけれども品を失わぬ下着を身につけ、その上からゆったりとしたバスローブを羽
織っただけの格好で、ガイヤーが出てくるのを待っていた。
 窓際のチェアに座り、ワインを飲みながらネーディア市の夜景を眺める。
 この国第3の都市だけあって街の広がりはかなり大きい。このキングダムホテルのある
中央部こそ街の明かりが色とりどりに美しいが、国境の山岳方面だけが真っ暗闇で不気味
なほどだ。ネーディア市の中でそのアシミラ居住区だけが漆黒に染まり、逆にその存在を
より強く景色に浮かび上がらせている。
 私が構想を練った闇はこれよりもずっと深い。この仕事が終わったら、このアイディア
を知己の政治家や組織に売り込みに行こう。勿論、その人々の立場にとって不利益なこと
は黙ったままで。
 そんなことを考えていたらシャワーの音が止まった。いよいよだ。



 かちゃりと乾いた音がしてドアが開く。出てきたのはナイトガウンに身を包んだガイ
ヤーだった。
「ラセリア君?」
「はい、お待ちしておりました」
 彼に背中を向けたまま、私はネーディア市の一角に広がる闇を見つめ続けた。
 足音と気配で背後にガイヤーが近づいてくるのが分かる。彼は私の座るチェアの後ろで
止まった。すぐにもう1つのグラスにワインを注ぎ、それをこの政治家に渡した。
「何を見ていたんだい?」
 赤紫の液体をあおりながら訊ねてくる。夜景や星空――とでも答えれば乗ってくるだろ
うけど、敢えてそこで私は切り出した。
「闇……ですわ」
 立ち上がりながら答える。
「闇?」
「ええ、この街の闇です」
 静々と歩き、ガイヤーに寄り添う。ワイングラスのない腕に私のそれを絡ませる。彼の
肩に頭を任せ、しなだれかかるように体重を預けた。
「御覧下さい、あの地区を。あの辺りがアシミラの地区…ですよね?」
 そのまま残った片腕で、街の真っ暗な一角を指差した。
「他の地区が夜景や活動の明かりで光が目立ちますのに、あの一角だけ真っ暗闇だという
ことに気がついたのです。ちょうどあのアシミラ居住地でしょう?」
「ああ、そうだね」
 ガイヤーも黒に染まるその地区を眺めながらワインを口に運んだ。
「この先、あの地にも明るい光がつくことになるのかと思いまして……この美しい夜景が
ガイヤー様の手によって更に映えるようになるのかと思うと楽しみなのです」
 私は彼の腕を抱く力を強め、乳房を押しつけた。体を更に密着させて私の存在を強く意
識させる。
「ああ、そうしてみせる。その時はまた君をここに呼ぼう。生まれ変わったネーディアの
夜景をまたお見せすることを約束するよ」
 残念ながらそんな日は来ないのだけど――とつぶやくのは心の中でだけだ。感激したか
のような表情を顔に貼りつけ、「ガイヤー様……」などと吐息混じりに囁き、瞳をとろん
と潤ませて陶酔の面差しを浮かべた。
 コト、とグラスをテーブルに置く音の直後、ガイヤーは私を抱き締めてきた。
 一瞬、瞳を合わせたかと思った途端に彼の顔が私に迫り、互いの唇を重ね合った。
 薄暗い明かりだけが映し出す部屋の中、私は抵抗もせず、そっと目を閉じて彼を受け入
れる意志を示すのだった。


「…んっ、はぁっ、んん……」
 唇を重ねたのはわずかな間だった。既に準備を整えていた私たちだ、唇の触れ合いなど
すぐに濃厚な舌の絡め合いへと変貌する。唇から口腔を貪り合う情熱的な刺激が心も身体
も蕩かしてしまいそうになる。
(なかなか上手ね……)
 優れた外見に名門貴族の肩書、そして政治家……女性経験も豊富であろう。キスだけで
この先も期待できそうだった。
 ガイヤーは唇と舌を絡めながら私をぎゅっと抱き締め、まるで押すように少しずつ後ろ
へと追いやってくる。彼の圧力を感じる度に私は足を後ろへと運ばざるを得ず、更にそこ
でガイヤーが前へと迫ってくる……その繰り返しだった。
 そうしているうちに膝の裏が硬いものにぶつかった。思わずバランスを崩して後ろに倒
れてしまいそうになる。支えになるのはガイヤーの身体だけで、私は倒れまいと彼にしが
みつくが――そこで私を支えようとするどころか、そのまま押し倒してきた。
「きゃっ……!」
 思わず唇も離れる。抱き竦められ、身動きの取れない中で倒れ込む浮遊感、そして一瞬
の恐怖感。だが、私とガイヤーを抱き止めてくれたのは、信じ難いほどに柔らかな布の感
触だった。
 ベッドの上である。キスでいつしか誘導され、そのまま倒れ込んだのだ。
 ガイヤーは私を押し倒した姿勢のまま見つめてくる。私も目を潤ませながら見つめ返す。
「初めて会ったときから、あなたを抱きたいと思っていた」
 ガイヤーはそんな言葉を囁き、再び私の唇を奪い、同時に舌まで入れてきた。私も応じ
て舌を彼のそれに絡ませ、滑りを帯びた口の交合を楽しませてもらう。
「ん、んん……あん…んぁっ…んん……む…」
 乱れゆく吐息と喘ぎ声が混じり、そして自然に漏れる。唇が離れた時に薄目を開ければ、
ガイヤーも私の反応に満足気だった。「はぁっ…」という互いの呼気が、私と彼の唇の間
で銀の橋を架ける。薄暗い中でも光をとらえ、妖しく反射してきらめいた。
 このキスは良い……身体の力まで抜けていきそうな――などと表現してもおかしくない
くらいに気持ちいい。
 ガイヤーは私を抱き締めたまま、腰に手を伸ばしてバスローブの結び目を解く。特に抵
抗する気配も見せず、私はその行為を受け入れた。体を捩らせながら巧みに協力し、気づ
けば私はもう、ローブに袖を通しただけの状態になっていた。
 服の合わせ目をめくれば、私はもう下着しか身につけていない姿を曝け出す。
 ガイヤーは胸元の布地を掴み、バスローブの合わせ目を左右に開いた。ひんやりとした
外気が肌に触れ、私の白い肌が男の前に晒される。
「あっ……!」

 甲高い喘ぎが私の口から放たれた。同時に快感が身体に走る。
 彼がブラの上から私の乳房に触れたのだ。ガイヤーは更にその手で円を描き、ゆっくり
と私の胸を揉む。
「綺麗な下着だね。可愛いよ、ラセリア」
 私は代わりに快感の反応を返事代わりに紡ぎ続けた。胸から伝わる快楽が、人の意志を
反映した声を許さないのだ。
 娼婦として数え切れぬほどの男と交わってきた私の身体は、既にあらゆる性感帯が開発
し尽くされている。そのため、この身体は男の愛撫で敏感に反応してしまうのだ。
 絶頂に至るハードルも低く、言わば「極めて感じやすい」肉体だ。この完璧なスタイル
のみならず、どこまでも男にとって都合のいい身体だと思う。
「ああんっ…ガイ、ヤー…さ、ま……はぁっ、んぅ…気持ち、いい……」
 途切れ途切れ、か細く喘ぐ。鼻にかかったかすれ声は男の劣情をより刺激するだろう。
 ガイヤーも乗ってきたのか、強弱をつけながら私のバストを揉み続け、ついにはブラの
内側にも手を差し入れてきた。
 そこには当然、私の上半身で最も鋭敏な突起が潜んでいるわけで――
「あああんっ!!!」
 ひく、と全身が震えた。身体を捩じらせながら身体に流れる電流を受け止める。
 そこでガイヤーが耳元で囁いてくるから堪らない。
「君の胸は凄いな……大きいから揉み甲斐もあるし、かなり感度も良い。ずっと触ってい
たくなるよ」
 ガイヤーの指も悪くない…手や指のフェチから見ても標準以上で、男の色気を感じさせ
てくれる。指の出来こそあの少年にはとても及ばないが、この性の技巧は決して並の男が
持ち得るものではなかった。本気で悶えてしまう。
 ベッドに横たわる私を抱き上げ、ガイヤーはバスローブの袖から私の腕を抜いた。これ
で私はもう、本当に下着しか身につけていないことになる。
 再び彼に押し倒され、もの欲しそうな表情で見上げた。すぐにでも覆い被さってきそう
なものだが、ガイヤーはまるで私の下着姿を鑑賞するように、視線で私の身体を舐め回し
てきた。
「今の状態が一番綺麗だ。脱がすのが勿体ないくらいにね」
「ガイヤー…様……」
 興奮し始めた身体を持て余し、私は半ば潤んだ目でガイヤーの視線を追う。顔から下へ
と目線が漂い、ブラに覆われた乳房や股間を覆う薄衣で彼は目を止める。
「君の身体は本当に素晴らしい……」
 目で私を愛でながら、ガイヤーは私のスタイルを褒めそやしてくる。
「前から胸は凄いと思っていたが……」
 ガイヤー自身が今度はナイトガウンを脱ぐ。彼も下着だけになり、私を抱き締めてきた。
直接触れ合う肌の感触が温かい。意外とがっちりした体つきも悪くない。
「この腰の細さや脚の長さも凄いな」
 抱き締めたまま、ガイヤーはその指先を私の肌に這わせてきた。
「ああん…ふぅっ…いい……!」
 唇を重ね、舌を絡めながらガイヤーの左手が背筋をスーッと撫で下ろしていく。反射的
に震えた体は染み入るような悦楽を感じ取り、更なる欲情を煽った。
「んんっ、んぅ……あん…」
 そうして腰のラインをたどり、脇腹からへそを通過した左手は肌を撫でさすりながら上
へと動き始め……再び背に戻ると、無造作に私のブラのホックを外した。



 ぷち、と微かな音が鳴り、私の乳房を覆う拘束が解かれる。濃厚なキスを交わしたまま
ガイヤーの手だけが動き、肩紐も外された。これでもう、私の乳房を覆い隠すものはなく
なる。
 はらりと乳房を覆う布が私の身体に沿って落ちる。その中に隠されていたものを見て、
目の前の男は感嘆の域を漏らした。
 そうせざるを得ないだろう。今、重力に従って落ちたブラジャーとはまったく対照的に、
理想的な形のまま前面に突き出た2つの乳房。重力などまるで知らぬかのようにツンッと
上向きに保たれ、左右対称の美しい半球と、その真ん中で既に固く勃起した桃色の乳首を
男に晒して――いや、見せつけているのだ。
「どうです、ガイヤー様?」
 それまで喘いでいただけの顔に、ちょっとした挑発と余裕の笑みを浮かべてみせる。
「私もこの胸には自信があります……綺麗でしょう?」
 ガイヤーが息を呑む音が聞こえた。唾でも飲みこんだのだろうか。
「この胸が、今夜はあなただけのものなのです」
 私はそうして自慢の美乳を手で支え、そっと持ち上げる。
「もっと激しく求めてもいいのよ……」
 その先端に咲き誇る乳首を口へと近づけていき――自分の舌でちろちろと艶めかしく舐
めてみせた。相当に乳房が豊かでなければ不可能な技だ。
 乳首の先から弱い電流が走り、巧まざる快感が私の身体を刺激する。
「ああんっ……!」
 口の端から堪らず漏れた喘ぎ声が何よりも興奮させたのか、それまでこの光景を眺めて
いたガイヤーが、どうやら理性を失ってしまったようだ。
「ああっ!!」
 この小さな叫びは私だ。ガイヤーは力任せにいきなり私を押し倒し、唇を奪うと両手で
私の乳房を揉み始めた。
 それまでの紳士的な対応はどこへやら、オスの本性を露わにして私に貪りついてくる。
揉みしだかれる乳房からはそれでも快感が紡ぎ出され、激しい反応を呼び起こした。
「あっ! ああっ! はぁん、感じちゃうっ……! あぁん、ふあっ……!」
 ガイヤーは胸を触りながら唇を耳朶、首筋と縦断させてくる。バストへの愛撫も巧みな
もので、指と指の間に乳首を挟みながら揉みしだき、同時に複数の個所を攻め立ててくる。
 私の肉体はもたらされる性感を受けて面白いように跳ね、声にならない声を放ち続けた。
紳士的な男に優しく愛されるのも好きだが、こうして獣の欲望のまま、激しく求められ続
けるのも悪くない。
「ああああっ!!!」
 私の声が一段と高くなった。ガイヤーが乳首を口に含み、舌先で転がしてきたのだ。
 体にほとばしる快楽の奔流が太くなる。私は仰け反りながら身体全体を伸ばし、そうし
て快感の信号を受け止めようとするが――脳から巡る快楽物質は逆に体の隅々へと悦楽を
運んでいってしまう。身体の中で行き場のない悦楽が反射・反復するように肉体を走り巡
り、私は男の欲望をかき立てる嬌声を口から止めどなく放っていた。
「ああんっ! 駄目、駄目ぇ……っ! 気持ちいいのっ、気持ち……良すぎて…ふうっ、
ああん…あはぁっ!!」



 私のその媚態が更に男の欲望をかき立てるのか、ガイヤーの愛撫は激しさを増していく。
私の喘ぎを満足そうに眺めながら、その源となった利き手を下半身へと伸ばしてきた。
「はぁんっ…ああぁっ!」
 秘所を覆う布の内側に水準以上の指が侵入してきた。その事実だけで、私は期待と興奮
が高まるのを抑えられない。元より鋭敏な神経の集まった部位を優しく撫でられたら、確
実に私は絶頂を迎える。
 そんな私を見透かしていたのかどうか、ガイヤーは既に濡れそぼった私の股間――豪奢
なレースの黒いショーツを脱がせることもなく――に手を入れてきた。
「あっ、あっ、あっ……! やん…ああんっ、もう駄目、もう…だ、め…」
 くちゅりくちゅりと淫らな水の音を立てながら、ガイヤーは巧みに女の最も敏感な突起
を探り当て、絶妙な優しさで撫でてきた。
 痺れるような快感が、度を外れた稲妻が身体の芯を突き抜ける。
「そんなに、あんっ…されたら、私、私、もう……イクッ…イッちゃうっ……!」
 堪らず私の身体は激しく震え、あっという間に昇り詰めてしまう。脳からほとばしる快
楽物質の奔流が、まるで崖から放り出されたような浮遊感を生み出し――

「あああああああ――――――……っっっ!!!!」

 私は一際激しく身体を仰け反らせ、最高の快楽に体を硬直させた。
 四肢をぴんと伸ばして硬直するけれども、身体の内側だけは確かにビクビクと痙攣して
いる。頭の中が真っ白に染まり、思考も感情も何もかもを奪い去っていく。
 女の悦びの威力はいつ味わっても凄まじい…まるで肉体が快感に覆い尽くされ、頭の中
がすべて悦楽で染め上げられ、それ以外のものはすべて吹き飛ばされるような空白感をも
たらしてくる……。
「はあっ、はぁっ、はぁっ……あん……」
 絶頂の空白感が少しずつ失われ、脳がようやく光を認識し始めた後も、身体に残るオル
ガスムスはしばらく快感を手放してくれない。絶頂の余韻は体の芯からたゆたうような気
持ち良さで、私の身体に根を下ろしている。
 何度味わっても飽きることがない……頂点の快感にわななくような震えが、身体から少
しずつ快感を抜いていった。
「ラセリア……」
 意識がしっかりした直後、私が乱れる姿をたっぷりと堪能したであろうガイヤーが声を
かけてきた。
「は、はい……気持ち、良かったです……」
 快楽に陶酔した表情のまま、ガイヤーが喜ぶような返事を口から漏らす。
「あんなに早くイッちゃうなんて…ああ……」


 喘ぎの息を深く吸い込んでは吐き、呼吸を整えながらガイヤーを見上げる。寝転んだま
まの私の上で、彼もいつの間にか全裸になり、屹立した男根を晒していた。
「ああ…ガイヤー様の…素敵です……」
 エクスタシーの陶酔以上に私は恍惚としてみせた。まだ快感に揺れる身を起こし、ガイ
ヤーの身体にしがみつく。
 手を伸ばしてガイヤーの性器に触れ、男が喜びそうな台詞を口にした。
「これが……、これが、今から私の中に……入ってくるんですね…?」
 入れて欲しくて堪らない。どれだけ乱れることになるのか分からない。
 言葉の端々にそんな匂いを潜ませつつ、私は彼に抱きつくために立ち上がろうとした。
「あっ……」
「おっと!」
 昇り詰めた悦びの余韻に足をもつれさせ、私はまるで転ぶようにガイヤーの身体に全体
重を預けた。彼を押し倒すような形で、私たち二人はベッドに倒れ込んだ。
 仰向けに横たわるガイヤーの上に私の身体が重なる。私が起き上がろうとしてベッドに
手をつけば――私が彼の上に乗ろうとしているかのようだ。これは都合がいい。
「ガイヤー様……うふふふ……」
 私はそこで妖艶に笑う。男を弄ぶ魔女のような表情だろう。
 やはりこういうタイプの方が私には似合うと思う。その方が絵になる容姿だという自覚
もあるし、性癖も元々Sの気が強いのだ。
「今度はあなたを気持ち良くしてあげますね……」
 男に快感を約束しながら、私は頭の中でスイッチを静かに切り替えた。


                                                  (続く)

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